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神戸地方裁判所竜野支部 昭和60年(ワ)97号 判決

原告

福井輝司

右訴訟代理人弁護士

水田博敏

同復代理人弁護士

山本美比古

被告

中坪護

右訴訟代理人弁護士

井上善雄

阪口徳雄

小田耕平

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  当事者双方の求めた裁判

1  原 告

被告は原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和五九年七月二七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

第一項について仮執行の宣言。

2  被 告

主文と同旨。

二  原告の請求原因

1  原告は山崎町で土木建設請負を業とする福井建設株式会社の代表者であり、被告は山崎町の町議会議員であるが、被告は、昭和五九年七月二五日頃、毎日新聞社の記者に対し、「町長が福井さんと癒着しているとしか思えない」との発言をなし翌二六日付毎日新聞播州版に同発言が掲載された。

2  しかしながら、右発言内容は虚偽であり、被告は何らの根拠もなく右発言をなしたものである。そして、被告の右発言により、原告はその経営する会社もろとも名誉を毀損されるとともに信用を失墜され、山崎町の指定業者からも外される有様であつた。

3  以上の次第で、被告の行為は不法行為に該当するので、被告は原告の被つた損害を賠償する義務がある。

4  そこで原告は被告に対し、慰藉料の支払いを求めるものであるが、その額は原告の社会的地位及び苦痛の程度より金三〇〇万円が相当である(遅延損害金は、不法行為時が不明であるので新聞掲載の翌日より請求する)。

三  被告の答弁

1  原告の請求原因1は認めるが、新聞誌の記載では「福井」とはされず匿名となつている。

2  同2は否認し、同3、4は争う。

四  被告の主張

1  およそ政治は、常に自由な批判と監視の下に公明正大になされなければならず、公正な行政を追求することは民主主義の目的である。民主主義制度の議会制をとる場合において、議員は首長を始めとする行政庁に対して常に厳しい監視と批判活動をすることが求められており、その議員としての民主的で公正な政務実現のための言論、表現の自由は高く保護される必要がある。

また首長は、市民全体の奉仕者として本来他に比して一段と高い人格、識見、能力と厳正な行動が要請されており、あらゆる面において国民の自由な批判に耐え、不断の反省努力によつて市民への奉仕者たるにふさわしい地位を保持し続ける義務がある。従つて首長への人格、識見、能力、行動等に対する批判は、それを通じて不断の反省努力によつて改善し得る公務員の資質に関するものである限り、出来る限り広く許容されねばならない。

すなわち、公明正大にして清潔な政治・行政を求めるための自由な批判は民主主義社会の前提であり、憲法に定める表現の自由が最高度に擁護しているものである。

2  昭和五八年三月から翌年七月にかけて兵庫県宍粟郡山崎町と同町民である原告との間に行われた都市下水路用地の譲渡及び再譲渡をめぐつては、国有地上の占拠物件の撤去費用を支出したり、町が買い上げた土地が占拠されたり、さらに買い上げた土地の一部を再売買をするという通常考えられない不透明、不明朗な点が多く存した。このため、山崎町議会で疑惑ありとして追及され、これに対する町長の釈明でも決着せず、昭和五九年七月二〇日、この問題について地方自治法一〇〇条にもとづく特別調査委員会が町議会内に設置されたのである(以下、本件一〇〇条委員会という)。

原告が問題とする談話は、本件一〇〇条委員会設置を報道した昭和五九年七月二六日付の記事に登載されたものであるが、正確な表現は別として同紙の取材に被告が応じ発言したことは被告の認めるところである。

被告の談話は、右委員会が賛成多数で設置された背景と疑惑を説明する形でなされたものである。いうまでもなく被告の真意は、山崎町の健全な行政を求めるところにあり、このような町政に対する疑惑を追及する姿勢は議員として奨励されこそすれ、非難されるべきものでないことは多言を要しない。そもそもこのような目的のために右委員会が設置されたものである。

したがつて、被告の談話は原告のいうような何ら根拠なくしてなされたものではなく、山崎町民の幸福と山崎町の健全な発展を願う町議会議員の町政に対する批判の発言であり、当然に言論の自由の下に保障されているものである。

3  本件一〇〇条委員会は、限られた調査ではあつたが公正な町政が行われず、このためかかる不正常な事態がもたらされたことを指摘しているのである。

(一)  即ち、右委員会は結論として次のように述べている。

「〔結論〕

(1) 本件執行につき、町長は「福井輝司氏より建築確認申請が提出された段階で、福井輝司氏に格別の協力を得たので、先行取得用地の売渡し等の措置は当然……」と主張されているが、福井氏の協力は都市計画法五三条、六五条等に基づく法制上の協力を与えたものと解すべきである。

(2) 契約行為を行うにあたつての「覚書」の締結は、結果として条件つき契約となつた。

(3) 職員間の解釈・認識の不一致、事務引継ぎの不徹底が本件の適切な執行に重大な支障を与えたものと考えられる。

(4) 調査の成果として門扉等公有土地水面にかかる物件撤去(含移転)費再補償の必要がないことが、法的に明確化された。」

(二)  また、山崎町議会だよりでも、

「〔報告〕

(1) 上溝下水路用地の売渡しにつき、町長は「福井氏より建築確認申請が提出された段階で、福井氏に格別の協力を得たので、先行取得用地の売渡し等の措置は当然」と主張したが、福井氏の協力は都市計画法に基づく法制上の協力を得たものである。

(2) 先行取得の契約行為を行うにあたつて、進入路確保に協力する「覚書」の締結は、結果的に法律で禁じている条件付契約となつた。

(3) 助役は一度も現地調査せず、福井氏が不当に使用している進入路を、昔から使用していると間違つた認識をしていたなど、関係職員間において、解釈・認識の不一致や、人事異動による事務引継ぎの不徹底が適切な執行に支障をきたした。

(4) 公有土地水面の認可にあたり「下水路工事の必要がある時は、直ちに福井氏が自費で町の指示する通り占有物件を移転すること」の条件が付けられた。

以上、今回のような譲渡行為は、二度とあつてはならないことであることを報告する。」

と報告されたのである。

4  以上記載したように、客観的な疑惑の存在からすると、虚偽とか根拠のない発言ではなく、原告の毎日新聞社記者に対する発言自体正当なものである。

しかも原告の問題とする新聞記事は、原告自体の名前も匿名とされており、公益を図る目的でなした町政に対する批判としての発言であることは、記事自体からも明らかである。

むしろ原告の本件をめぐる疑惑は、被告の発言とは関係なく議会活動や市民活動により疑惑を持たれているのであつて、本件発言が原告の名誉毀損にあたらないことを示している。

五  原告の反論

1  なるほど政治に対する批判は自由であるが、しかし全くの自由であるのはあくまで政治及びそれに携わる者に対する批判であつて、本件については、山崎町及び町長に対するものに限られる。

従つて不法行為の成否について町及び町長との関係では不成立となつても個人である原告との関係においては成立することになるのに何らの妨げもない。

2  また、本件一〇〇条委員会が設置され、被告の発言がそれに関したものであることもそのとおりであるが、原告が問題としているものは、被告の発言の内容の不相当性であり、これは先の言論の自由及び発言の背景の正当性をもつてしても免責されるものではない。

即ち、当時問題となつていたものは、山崎町の行政の明朗性であり単に疑問があるという段階にすぎず、その疑問の解明のため一〇〇条委員会が設置されたのである。そして被告が委員会設置に賛成した町会議員の立場で委員会設置の背景を説明したというのであれば、「癒着しているとしか思えない」という発言はその趣旨に反するものである。

けだし、癒着しているかどうかを委員会で調査しようとしているのであり、当時癒着しているとの調査結果が出たものではない。これは背景の説明を越えた調査結果と同一のものである。一介の町民の発言ならともかく、町議会議員として設置賛成議員の代表の立場で説明しているのであれば、いくら自由な批判が許されるにしても、その町行政に対する批判が個人の人権に係わつてくる場合は、特に発言内容に注意し個人の人権を損なわないよう配慮する義務がある。しかしながら、被告は無配慮どころか積極的に個人の人権を侵害する内容の発言をしているものである。しかも、その判断は、自己が独自に調査し何等かの証拠を有しての発言でなく、全く無責任な発言であつて、その違法性は強いものである。

3  ちなみに、疑惑の対象となつた事実経過は次のとおりである。

まず、昭和五八年三月頃山崎町が上溝下水路事業を行うにあたり原告所有地が買収の対象となつた。同土地は原告居住地の出入口であり日常生活にとつて不可欠なものであつたので、代替地の確保を買収の条件として買収に応じ、代金及び同地に原告が設置していた設備についての補償が支払われた。しかしながら、町が代替地の確保をできなかつたので、事業の工事方法を変更するとともに原告にとつて必要最小限の範囲で買収土地の一部を原告が買い戻すことにした。従つて、右に何ら問題はなく、かつ譲渡代金や補償額も相当なものであつて何等疑惑をもたれるものではなかつた。

六  証拠〈省略〉

理由

一原告が兵庫県宍粟郡山崎町で土木建設請負を業とする福井建設株式会社の代表者であり、被告は同町の町議会議員であること、被告が毎日新聞社の記者の取材に応じ、その結果、昭和五九年七月二六日の毎日新聞に記事が掲載されたことは、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、右記事は同日の朝刊一八面に「不明朗な公金支出」と四段抜きのタイトル(サブタイトルとして〝解明へ一〇〇条委設置〝)で、山崎町の下水道用地買収に関する記事(以下、本件記事という)が掲載され、同記事中被告の談話として、「Aさんが国有地に建てていた門などに移転補償を出すこと自体おかしい、再譲渡で物件移転費の返還を求めないのはなおさら不可解、町長がAさんと癒着しているとしか思えない」との記載がされたことが認められる。

二そこで、被告が毎日新聞の記者の取材に応じ、被告の談話として右内容の記事を同新聞に掲載させたことが、原告との関係で不法行為に該当するか否かについて、次に判断する。

1  まず、前記各事実に、〈証拠〉を総合すると、事実経過として以下の諸事実が認められる。

(一)  山崎町は、原告(前記新聞誌上ではAさんと表示されている)方西側の農業用水路部分に、雨水、下水分離式の下水溝の建設を計画したが、これが原告方敷地の西側の一部にかかることから、昭和五八年三月一五日原告との間で、右下水溝用地として必要な土地六六・一五平方メートル(同人方敷地の西側を帯状に区切つた土地部分)を代金七九九万八〇〇〇円で買収し、原告が右敷地の進入用として公有水面上に設置していた門扉等の物件の移転補償費として四六〇万二〇〇〇円を支払う旨の契約を結び、その際原告の要請により、原告が右宅地の進入路として新たに土地を取得するについて山崎町が協力する旨の覚書を、別途原告との間で交した。

(二)  ところが、右進入路用地の取得は難航し、このため原告は、右覚書を盾として右買収土地の一部の再譲渡を山崎町に申し入れ、結局同五九年七月一一日、自宅の進入路として右買収地の一部三四・八二平方メートルを代金四一七万八四〇〇円(買収時の単価と同一の単価)で同町から再び譲受け、その経過の中で、再び前記公有水面上に門扉等を設置してしまつた。

なお、右再譲渡にあたり、山崎町は先に原告に支払つた物件移転補償費の返還は求めなかつた。

(三)  山崎町と原告との間の右土地買収と再譲渡については、山崎町議会において、①一旦買収した土地をなぜ再び譲渡したのか、②物件移転補償をしている公有水面上になぜ再び門扉等の構築を許したのか、などについて質疑があり、結局同月二〇日の第一九九回定例議会において、被告を含む四名の議員の動議により、右原告との間の都市下水路上溝用地の譲渡に関する事務の調査を目的として本件一〇〇条委員会が設置された。

翌二一日右委員会の第一回会合が開催され、中塚議員が委員長、被告が副委員長に、それぞれ選出された。同委員会は、同月二四日兵庫県龍野土木事務所に対し、原告が再び門扉等を構築した公有水面について、右使用許可の有無を確認照会し、同年八月二日付で、右許可をしていない旨の回答を同事務所から受けているが、翌三日には原告から同事務所に右公有水面の許可申請がされ、同月二一日付をもつて、下水路工事の必要があるときは、原告において直ちに自費をもつて占有物件を移転する旨の条件付で、右使用が許可されている。

同委員会は、原告との前記土地買収事務に関与した山崎町の職員や原告から事情を聴取するなど必要な調査を遂げたうえ、同年一〇月五日付をもつて調査報告書を作成し、これを山崎町議会に報告した。右報告書において「結論」として指摘された内容は、被告の主張3の(一)に記載のとおりであり、また、右報告を受けて、同年一一月五日の「やまさき議会だより」(発行者山崎町議会)において掲載されたこの件の報告の内容は、同3の(二)に記載のとおりである。

以上の諸事実が認められる。

2  そこで思うに、そもそも公務員はすべて国民全体の奉仕者であり、公務員の選定、罷免は、国民固有の権利であるから、主権者である国民は、公務員の適否を知る必要があり、また知る権利を有する。そしてまた、行政は、主権者たる国民から付託を受けた公務員により、公明正大に遂行されるべきものであるから、その執行については、多方面からの自由かつ広範な批判が必要にして不可欠であり、行政を司る者には、右批判に耳を傾け、受容すべきを受容し、克服すべきを克服して、これらの批判を止揚してゆく能力が必要であり、かつその責務がある。言うなれば、そもそも施政は、右の広範な批判に耐えうるものでなければならない。

3  ところで、本件の場合、被告は、山崎町と原告との間の前記土地買収等について、山崎町の措つた手続に不公正な点があるとの疑いを抱き、山崎町議会議員として同議会においてこれを追及し、更にこれを解明するべくいわゆる一〇〇条委員会設置の動議を提案し、これが可決されるに及んで、本件一〇〇条委員会の委員として以後この点の追及、解明を図ろうとしていたところ、その頃右の件について毎日新聞社の記者から取材を申し込まれたことから、これに応じて本件記事中の被告の談話同旨の発言をし、これが本件記事となつたことは、先に認定したところから明らかである。

また、本件記事中の被告の談話の内容は、原告が公有地上に構築した門扉等に移転補償をした事実及び原告に買収土地の一部を再び譲渡した際右移転補償費の返還を求めなかつた事実を指摘したうえ、これについて、被告が山崎町政に対する自己の見解と疑念を表明したにすぎないもので、こと更原告を非難することを目的としたものでないのはもちろん、事実を歪曲したり、批判としての域を超えた誹謗、中傷的な文言を使用した個所もなく、原告の氏名も新聞誌上では「A」として伏せられているもので、右談話が、被告が本件一〇〇条委員会設置の動議を提案した動機ないし目的について補足をしたものであることは、容易に理解できるところである。そして、前認定の事実経過、特に本件一〇〇条委員会が山崎町議会で可決、設置されたことや同委員会の報告内容からすると、被告が右談話にあるような疑念を抱くに至つたことは一面やむを得ないとも言え、特にこれが不可解であるということもできない。

4 してみると、本件記事中の被告の談話は、山崎町の首長が行なう施政に対して被告が同町町議会議員として行う正当な批判、追及にほかならず、その過程において被告が原告の氏名を「A」として右談話を毎日新聞に掲載させたとしても、前示事情のもとでは、その方法、内容とも町政に対する右批判活動の一部として許容される範囲内にあるものと言うことができ、これが不法行為に該当するということはできないと思料される。

5  なお、同委員会の設置目的は山崎町と原告との間の「都市下水路上溝用地の譲渡に関する事務調査」とされ、表面上は、「不明朗な公金の支出がある」との前提にも、あるいはまた「町長が原告と癒着している」との前提にも立つものでないことは明らかであるとしても、少くともそのような立場からの指摘ないし追及により、右事務について調査の必要があると山崎町議会が認めたが故に本件一〇〇条委員会設置に至つたものであることもまた叙上から明らかであつて、右委員会の設置に関連して被告がその政治的立場から、前記談話のごとき同人の個人的見解を表現することに何らの差し支えもないと言えよう(しかも本件記事中には、被告の談話と対比する形で、町長の反論も掲載されており、原告を非難の直接の対象とするものでないことは明らかであるし、本件記事を全体としてみても、格別問題視しなければならないようなものとは考えられない)。

6  従つて、新聞記者の取材に応じて、本件記事中に自己の談話を掲載させた被告の行為が原告との関係で不法行為に該らない旨の前記判断は、何ら変更の要をみない。

三よつて、その余の判断を俟つまでもなく原告の本訴請求には理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官宮岡章)

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